VERMARC/フェルマルク
belgium
Vermarc Sport(フェルマルク・スポーツ)は、伝説的なプロレーサー Frans Verbeekによって設立されました。 Vermarc SportsはDAF Trucks,や1989年ツール・ド・フランスを制したグレグ・レモンを率いるADRチーム等の有名プロ・クラブチームへ製品を提供し続ける事で、品質改善を繰り返してきました。

現在では高品質なウェアメーカーとして、ヨーロッパロードレース界で確固たる地位を築き上げ、2009年では、自転車ロードレースのトップチームである、QuickStep-Innergetic, Silence Lottoやその他有名クラブチームへ製品を提供しています。

通常はプロ選手用ウェアと一般に市販されるウェアは異なる場合がありますが、Vermarc Sportsは同品質のものを提供しており、その品質の高さから毎年ヨーロッパ各地から約4,000チームからの製造の依頼を受けています。


「VERMARC SPORT(フェルマルク スポーツ)社の歴史」

VERMARC というブランド名は、フランス・フェルベーク(Frans VERBEECK)の1人息子、マルク(Mark)の名前とVERBEECKを合わせたものだ。 

フランス・フェルベーク、日本では殆ど知られていない選手ではあるが、クラッシックレース、特に春先の伝統あるレースに強く、「オムロープ・ファン・ヘットフォルク」「フレッシェ・ワロンヌ」「アムステル・ゴールドレース」などで勝利を挙げている選手だ。息子のマルクも89-91年までプロ選手として活躍、アマチュア時代には、ベルギー・ナショナルチームの選手として日本のステージレースにも参加した経験がある。

時に、1966年から1977年にかけてのヨーロッパのプロ・ロードレース界、1人の男の独壇場だった。エディー・メルクス。ベルギーが生んだこの不世出の大選手は、プロレースで400勝以上を挙げた怪物で、出場したレースは全て勝ちまくる、その貪欲なまでの走りに人々は「カニバール(人食い人種)」というニックネームを与えた程だ。                  

メルクスは速すぎる、同じ次元の人間ではない、多くの選手がメルクスとの戦いを最初から諦めていた中、果敢に戦いを挑み、そして何回もメルクスをねじ伏せた英雄が存在した。メルクス全盛時代に合計157勝という記録は高く評価されるものであり、特にメルクスの勝利を誰しもが「間違い無し」と予想していた73年のベルギー選手権において、彼がメルクスと一対一のゴールスプリントを制した時は、ベルギー中が大騒ぎになった。それがフェルベークだ。
                                                     
フェルベークは、天候の変化が激しく、冷たい風にさらされる春先のクラッシックレースの経験を通じて、サイクリングウエアーの品質・性能がレースにとっていかに重要であるかを常に感じていた。 その彼が77年のシーズンを最後に引退し、同時に始めたのが実戦のレースで必要な機能を持ったサイクリングウエアーの製造・販売「VERMARAC SPORT」である。